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横浜地方裁判所 昭和32年(ワ)35号 判決

横浜銀行

事実

原告株式会社横浜銀行は訴外葉山興業株式会社及び土屋要(同会社取締役社長)が原告宛振り出した額面金三百二十一万円の約束手形を所持し、満期日に支払場所(原告銀行逗子支店)で振出人の支払を待つたがその支払を拒絶された。

一方右葉山興業株式会社(以下訴外会社という)は昭和二十八年十一月六日被告土屋シズに対し本件不動産を売り渡したとして同月七日売買による所有権移転登記をなしているが、当時訴外会社は資産としては本件不動産の外には見るべきものを所有せず、これには原告との根抵当権設定手形割引契約四口により元本極度額合計三百五十万円の根抵当権が原告のために設定してあり、その当時原告が訴外会社に対し前示契約の趣旨に基いて金融した金額は三百五十万円を超えていた。訴外会社の負債は原告に対する右債務の外一般債権者に約七百万円あり、国税滞納額が七十八万一千八百十三円に達していた。そこで訴外会社は、なお担保価値を認め得る本件不動産につき、これに対する滞納諸税及び一般債権による差押を免れ、これを新たに担保として金融を得る目的のために、訴外会社の代表取締役社長土屋要の妻たる被告に売買を仮装してその所有名義を移転したのである。すなわち、右は訴外会社と被告と通謀して売買を仮装したものに外ならない。よつて原告は訴外会社に対する前記約束手形債権を保全するために、訴外会社に代位して被告に対し、通謀虚偽表示による本件不動産(現在価額百六十五万円余)の売買の無効確認を求めその所有権移転登記の抹消を求めるに代えて訴外会社に対する所有権移転登記手続を求める、と主張した。

被告土屋シズは、本件不動産に原告のためその主張のような手形割引契約に基き元本極度額三百五十万円の根抵当権を設定してあつたこと、右契約により訴外会社が原告より三百五十万円を超える金員を借り受けたことは認めるがその余の事実を否認し、元来本件不動産はもと訴外大野寅之助の所有であつたものを、被告において昭和二十四年五月七日代金を百十万円とし手附金五万円を差し入れて買い受けることを約していたところ、被告の夫土屋要が社長である訴外会社がその社宅とする目的で譲受方を申し出たため、被告は後日訴外会社が他に譲渡する場合は必ず被告に元値で譲り渡すという特約で訴外会社に譲渡することとし、同年六月十五日大野から直接訴外会社所有権移転登記がなされたものである。その後昭和二十六年九月、訴外会社は事業拡張資金調達の方法として資本金百万円を四百万円に増資すると同時に本件不動産も売却資金化する必要を生じたもので、前示の被告との約束に従い同月二十二日代金七十二万円で被告に売り渡し、被告はその代金を受け取つた(訴外会社は大野寅之助から本件不動産を百十万円で買い受けたが、その買受不動産中他に三十八万円で売却した分があつたのでこの売却代金を百十万円から差し引いた残金七十二万円を以て被告に対する売買代金としたものである。)。訴外会社と被告との売買は前記のとおり昭和二十六年九月二十二日であるが、訴外会社と被告との特殊の関係上その登記手続を怠り、漸く昭和二十八年十一月六日売買として同月七日受付で登記手続を了したもので、これを通謀虚偽表示とする原告の主張は失当である、と抗争した。

理由

本件不動産の移転登記は昭和二十八年十一月六日訴外会社と被告との間に締結せられた売買契約を事項としているが、右の月日に売買契約が締結せられなかつたことは被告も明らかに争わないところであるから、本件売買は通謀虚偽表示であるかの観を呈するけれども、翻つて被告主張のように訴外会社と被告との間に昭和二十六年九月二十二日売買があつたとすればその登記に当り、これを昭和二十八年十一月六日売買によるものとして所有権移転登記手続をしても無効というべきでないことは当然である。

そうして証拠を綜合すると、被告主張の事実を認めることができるのである。尤も、右売買がなされた後その登記手続がなされるまでの間である昭和二十八年二月十一日に、本件不動産を訴外会社の所有として、訴外会社の逗子信用農業協同組合に対する百万円の債務のために抵当権設定契約及び登記がなされたことが認められるけれども、訴外会社の社長土屋要が被告の夫であり、共に本件不動産中の建物に居住していたことを考えると、右の抵当権設定契約及び登記については被告と土屋要との間に了解があつたことは容易に考えられるところである。

以上のとおりであるから、本件不動産の売買が当事者の通謀虚偽表示によるものであることを前提とする原告の請求は失当たるを免れないとしてこれを棄却した。

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